六九クラフトストリートについて

一説には江戸の頃、
54頭の馬を飼育する六九厩が置かれたことにその名が由来する六九通り。
商業の中心地として栄え、昭和には土蔵造りや看板建築が並ぶ通りにアーケードが架けられ、
ハイカラな商店街として親しまれました。

やがてまちは広がり、にぎわいは駅前へと遠ざかります。
開発の波が松本のまちの土蔵をビルに変えるなか、にぎわいが遠のいた六九通りは、
幸いにもその難を逃れ、新しいまちにはない陰影と奥行きをにじませます。

六九クラフトストリートでは、
そのまちなみに3日間だけ各地のギャラリーがやってきます。

利休もそうですし、柳宗悦もそうですが、
日本の工芸の発展を担ってきたのは「作る手」だけではなく、「強い眼」の存在。

クラフトフェアが作家中心であることから、それとは別に
ギャラリーという選者の眼を通した工芸が並ぶ場をもちたいと思ったことがはじまりです。