洗練と素朴

三谷龍二 - 10cm

新潟県新発田(しばた)地方の藁馬(稲藁)

脱穀した後に残る稲藁で、日本人はさまざまな生活具を作ってきました。縄、草鞋、屋根、土壁のすさ、蓑、脚絆、むしろ、米俵、しめ縄。この藁馬もそのひとつで、豊作祈願のために作られました。藁はそのままでは折れやすいので、砧(きぬた)で叩いてやわらかくしてから編みます。素材を暮らしに取り入れる過程において、人はさまざまな工夫と美意識を働かせて磨き上げていくのです。

奈良手紡ぎ木綿「ハレの日のワンピースのために」
土屋美恵子(木綿、絹)

奈良で綿を栽培し、手紡ぎ手織りで仲間とともに布を作っています。布は材料となる糸によってその風合いを左右されます。手紡ぎという、繊維に負担の少ない速度で作られた糸を使うことで、布はふくらみと生気を帯び、空気を多く含むため、軽く仕上がります。糸を紡ぎ、布を織るという日常や生業は、日本ではほぼ失われてしまいました。けれどもその作業の快さ、自分の手からものを作り出す充足、仲間と連携する喜び、それらを糧に布作りを続けています。(文/土屋)

福島県奥会津昭和村の本藍染反物(からむし繊維 100匁)

畑の土をつくり、植物を育てることからはじめて、収穫をし、繊維を取り出して糸を績(う)み、そして織り上げる。からむし布は、そのように一年の季節がめぐるなかで、今も村の人々によって織られています。そのまっすぐで強くしなやかな「からむし布」は、麻という日本人にとって最も親しい素材を、長い時間をかけて洗練し、極上の上布として完成させたものでした。(文/渡し舟)

木の器 三谷龍二(山桜)

木の器を作り始めた頃、それまであったものは、丸太をそのまま削り出したような、無骨で、肉厚な形のものばかりでした。でも、これでは現代の食卓には似合わないし、木という素材を暮らしに引き寄せ、陶磁器のような普通の食器にするためには、形の洗練が必要だと思いました。それからは、美しい線を探すことと、無垢木の素朴な素材感を失わないこと、そのふたつのことを考えてきたように思います。

シェーカーチェア「J39」
ボーエ・モーエンセン(オーク、ペーパーコード)

FDB(デンマーク協同組合連合会)の依頼で、モーエンセンが戦後すぐの1947年にデザインした椅子です。 その依頼内容は「庶民のために低価格で高品質な椅子を」というもの。庶民のための(民)、低価格で(貧しさ)、高品質な椅子(丈夫で長く人々に使われ愛される)。モダンデザインにも、もともと民芸のような思想が組み込まれていて、それが合わさって生活工芸へと受け継がれているのだと思います。この椅子からは、洗練と素朴をひとつに感じることができます。


三谷龍二 木工デザイナー

1952年 福井市生まれ 1981年 松本市にPERSONA STUDIOを開設
普段使いの食器として木の器を作り始め、家具中心だった木工の世界を変える。個展多数。その他絵画、立体作品、装丁の仕事がある。
2011年 松本市内に自身のギャラリー「10cm」を開設。作品作りと並行して、クラフトフェア、六九クラフトストリートなど、
工芸と暮らしを結ぶ活動を続ける。著書「木の匙」「僕の生活散歩」(新潮社)「遠くの町と手と仕事」(アノニマ•スタジオ)
「器の履歴書」(アトリエ・ヴィ)「日々の道具帖」(講談社)など。